円山地区の歩みと現在の姿


明治3年(1870年)奥羽地方からの農家96戸が札幌に着いて、庚午一の村(苗穂)、庚午二の村(丘珠)、庚午三の村(円山)に入りました。

 庚午三の村(円山)に移住してきた人たちは、酒田藩(現在の山形県庄内地方)からの農家の人たちで、30戸90人。船に乗って銭函の港に着き、馬と徒歩で札幌に向かいました。出発してから、1カ月近くもかかったそうです。                                  

次の年の明治4年、琴似村にいた岩手県からの移住者15戸も加わり、合計45戸、151人で村づくりがスタートしました。

この年に、庚午三の村を円山村と呼ぶようになりました。

円山という地名は、京都の円山からつけたものです。

その頃の円山は原始林で、ヤチダモ・センノキ・ナラなどがおい茂り、地下水が湧き出て池や川となって流れ、動物が群れる自然の宝庫でした。しかし、大きな木を倒し、根をぬき、石を取りのぞきながらの開拓は簡単なことではありませんでした。湧き水や小川が多く、石がゴロゴロしていて、同時に開拓した苗穂村や丘珠村にくらべ、何倍もの努力が必要でした。

動物も多く、熊・オオカミ・ヘビなどもいましたが、おそわれることは少なく、逆に人の姿を見て逃げていたようです。一番こまったのは、鹿の群れで、畑の作物を食べてしまったことです。夜は板をたたいておどかし続けましたが、つかれてちょっと寝た間に食べられてしまったそうです。

円山は、競馬の発祥地!
 札幌の競馬は、明治5年9月14日に、円山琴似街道(南1条から北5条までの西25丁目通り)の直線コースの凸凹道を、馬が走ったのが始まりのようです。                                
 その後、競馬場は北6条通り→道庁前→北大構内→中島公園とうつり、最後に明治40年より今の桑園に移転しました。


円山村が野菜の生産を中心にした農村として発展を始めたのは、明治26年(1893年)頃からです。農家の人が中心になって毎朝道路で農作物を売るようになりました。札幌のまちの人たちにもそのことが広がり、野菜を買うためにたくさんの人たちが集まってきました。これが「円山朝市」の始まりです。

 朝市の場所は、道路や電車のじゃまにならないようにと、何度か移動しました。はじめは、南1条西十丁目あたりでしたが、最後(昭和28年)は、北7条西25丁目でした。学校のすぐ近くですね。       

円山の朝市は、大正時代の終わりから昭和十年代にかけてさらにさかんになって、村の収入も多くなり、くらしも豊かになっていきました。大正の終わり頃には、今までの農業を中心とした村から、自然に恵まれた静かな住宅地にかえようという計画が進められるようになりました。

その頃の札幌は、人口の増加にともない、住宅地を必要としていたからです。

昭和8年に調べた数では、13年前で家の数は約5倍に増えました。昭和13年(1938年)には、人口も増え円山町になりました。そして、その3年後には札幌市に合併されました。

昭和30年頃の円山地区は、野菜畑が残されてはいましたが、少しずつ住宅が増え始めました。昭和40年には、マイホームブーム(自分の家をもつこと)がおきて、交通の便がよく、自然環境に恵まれていたこの地区は住宅地として注目されました。そのため、住宅がつぎつぎと建てられ、畑はすっかりなくなってしまいました。

日新小学校誕生〜昭和27年(1952年)10月14日〜

 地域の発展とともに、子供の人数も増えました。そのため、円山小学校では体育館をいくつかに仕切って教室にしたり、1クラス60〜70人で勉強していました。それでも人数が増えたので、日新小学校が開校しました。開校当時、日新小の地域は、一面がよしのおい茂った泥炭地で、地盤がやわらかく歩くのにもたいへんな状況でした。マンションなどが建ち並ぶ現在とは違い、学校の周りは水田や畑に囲まれ、人家もまばらだったようです。                              



住宅が増えるにしたがい、道路もととのい、お店や商店街もつぎつぎに誕生しました。今は高層マンションや会社のビルが建ち並んでいます。

昭和47年(1972年)に、冬季札幌オリンピックが開かれ、札幌市全体が大きく変化しました。地下鉄南北線が開通し、交通の便もよくなりました。

そして、昭和51年(1976年)に地下鉄東西線が開通すると、円山地区には円山公園駅と西28丁目駅ができました。二つの駅にはバスターミナルがつくられ、周りの地区とバスでつながりました。

このように、円山地区は、生活するのにとても便利なところとなりました。いろいろな種類の品物をおいている大きな店や、パン・花・薬などの専門店もたくさんあります。とくに、毎日の生活に必要なものをあつかっている専門店は、円山市場のまわりにたくさん集まっています。

また、交通の便もよく、地下鉄で十分もかからずに都心へいくことができます。

札幌市中央卸売市場

 市場は、お店屋さんにわたしたちの食生活に必要な野菜・魚・くだものを売るところです。野菜や魚はすぐいたみ、長い間たくわえておくことができません。そのため、一つのところに集めて、すばやく公正なねだんで売り買いできるところが必要になりました。札幌の中心につくることが急がれ、昭和33年10月に現在の場所にできました。全国では、17番目の中央市場となりました。                                    


赤十字奉仕団円山分団

 円山分団は、市内にある63分団の一つで、誕生してから今年の5月で53年になる歴史のある分団です。分団員は、現在40名で、月に一回集まって活動をしています。                         
 主な活動は、血液センターでの一日6時間にもおよぶ献血者接待の奉仕だそうです。そのほか、災害時の援助金の募集、北海道神宮の道路清掃、小学校への手縫いのぞうきんの寄贈など、いろいろな活動しています。今、次を担う若い団員がいないのが悩みだそうです。    
 分団では、毎年手縫いのぞうきんを三百枚縫っています。そのうちの百枚を日新小へ寄贈してくれます。学校では、毎年運動会や学習発表会、卒業式などに団員の方をご招待し、子供たちの活動のようすを見ていただいています。